答えを急がない力「ネガティブ・ケイパビリティ」〜2歳児のイヤイヤ期から学ぶ〜
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昨年の日本プライマリ・ケア連合学会のシンポジウムで、「ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)」という言葉について深く考える機会がありました。
ネガティブ・ケイパビリティとは、一言でいえば「すぐに答えが出ない事態に耐える力」のことです。世の中には、白黒はっきりさせられないことや、すぐには解決策が見つからない問題がたくさんありますが、そんな不確実性の中に留まり続ける能力を指します。
シンポジウムを主催されていた若林崇雄先生(JCHO札幌北辰病院)は、ネガティブ・ケイパビリティのことを「臨床を支える心理的杖」とも表現されています。
「杖」と聞いて私が思い浮かべたのは、視覚に障害のある方が使う白杖です。暗闇の中で一歩を踏み出すとき、そっと地面を確かめるあの杖のように、ネガティブ・ケイパビリティもまた、先が見えない状況を歩んでいくための大切な支えになるのだと感じました。
2歳児のおむつ替えは「待つ」修行
さて、ここからは我が家の2歳児のお話です。現在、いわゆる「イヤイヤ期」の真っ最中で、特におむつ替えのときの抵抗は凄まじいものがあります。
明らかにうんちが出ていて臭いもするのに、本人は「出てない、出てない!」と断固拒否。「いや、出てるし!」と無理に替えようとすると、さらに抵抗は激しくなります。毎日あの手この手でなだめますが、昨日うまくいった方法が今日は通用しないことばかり。法則性はまったくなく、まさに私のネガティブ・ケイパビリティが試される毎日です。
現象学から見る「彼にとっての事実」
この出来事を「現象学」という少し専門的な視点から眺めてみると、面白いことに気づきます。
現象学とは、一言でいえば「誰の目にも明らかな客観的事実よりも、その人の目に世界がどう映っているか(主観的な経験)を大切にする」哲学の考え方です。客観的な事実をいったん脇に置いて、「その人にとっての事実」に目を向けるのです。
これを息子に当てはめてみましょう。彼にとって「客観的にうんちが出ている」という事実は、あまり意味を持っていません。彼が全身で感じているのは「今は目の前のおもちゃで遊びたい」「おむつを替えるために遊びを中断されたくない」という、その瞬間のありありとした経験の世界です。つまり、その身体的な実感こそが、彼にとっての揺るぎない「事実」なのです。
ですから私は、明らかに匂っていても「うん、そうだね〜。出てないね〜」と一度彼の「事実」を受け止め、一緒に絵本を読んだりおもちゃで遊んだりします。そして、彼の気が変わって「替えてもいいかな」というタイミングが来るのをひたすら待つのです。ただ諦めて放置するのではなく、相手の生きている世界に寄り添いながら待つ。これこそが、ネガティブ・ケイパビリティなのだと思います。
子育ても、臨床も、「耐える力」から始まる
こうしてみると、この姿勢は医療やケアの現場にも通じるものがあります。
たとえば、「血糖値が高いなんて知らない」と仰る糖尿病の患者さんや、自分だけの世界にある事実を訴える認知症の患者さんと向き合うとき。私たちは「客観的な正しさ」をすぐに押し付けるのではなく、まずはその人の世界をいったん受け止め、関係性を保ちながら関わり続ける必要があります。
臨床でも、子育てでも、そして日常のあらゆる場面でも。私たちはつい「すぐに正しい答えを出す力」ばかりを求めてしまいます。しかし、ときには「すぐには答えが出ない状況に耐える力」こそが、誰かに寄り添い、状況を前へ進めるための大切な鍵になるのだと、あらためて感じています。
Author:孫 大輔
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