鳥取の医療人文学フェローシップ 第9〜11回ワークショップを開催しました(6月27日、7月5日 、8月29日)
鳥取の医療人文学フェローシッププログラム」では、医療を医学だけでなく、哲学、芸術、音楽などさまざまな人文学的視点から捉え直すワークショップを継続して開催しています。今回は、第9〜11回のワークショップについてご報告します。
第9回「音楽・ジャズ・レコードの世界:聴くこと、応答すること」
6月27日に開催した第9回では、音楽、特にジャズとレコードをテーマに、「聴くこと」「応答すること」について考えました。
前半は米子市淀江町の「ロックンロールレコード」を訪問。店主の選曲によるレコードの「爆音鑑賞」を体験しました。普段イヤホンやスマートフォンで聴く音楽とは異なり、音が空間全体を満たし、身体そのものに響いてくるような体験から、音楽を単なる「情報」としてではなく、身体・空間・他者を含む全体的な経験として捉え直しました。
後半はさなめホールへ移動し、櫻井重久先生と孫大輔がナビゲーターとなって、ジャズのアドリブやインタープレイ(相互作用)について考えました。Jim HallとRon Carterによる「Autumn Leaves」などを聴きながら、ジャズの即興とは一人で自由に演奏することではなく、相手の音をよく「聴き」、その場で「応答」しながら音楽を共につくる営みであることを体験しました。
こうしたジャズのあり方は、患者と医療者との対話にも通じます。あらかじめ決められた筋書きだけで進むのではなく、相手の言葉や表情、沈黙に耳を澄ませ、その場で応答しながら関係をつくっていく。さらにジャズにおける「間」は、医療者が話しすぎず、患者自身の言葉が生まれるのを「待つこと」の大切さにもつながりました。
第10回「現象学から家庭医療の実践を振り返る」
7月5日に開催した第10回ワークショップでは、これまでフェローシップで学んできた「現象学」を、実際の家庭医療・総合診療の臨床にどう生かせるのかを考えました。ゲストとして、フッサールをはじめとする現象学をご専門とする榊原哲也先生、メルロ=ポンティなどをご専門とする中澤瞳先生をお招きしました。
参加した医師たちから実際の臨床事例を提示し、それを哲学者と臨床家が一緒になって考えるという、非常にユニークな試みとなりました。
例えば、「自分が壊れていっている感じがする」と語る患者の経験を、単なる身体症状や心理症状として分類するのではなく、「身体をどのように生きているのか」「老いることによって世界との関係はどう変化するのか」という現象学的な視点から検討しました。また、歩くことができなくなった高齢患者の「情けないことです」という一言からは、「歩く」という行為が単なる移動能力ではなく、その人が世界とかかわり、自分らしく生きることそのものと結びついている可能性について議論しました。
医学的に「何が起きているか」を説明するだけでは、患者が経験している世界を十分に理解できないことがあります。哲学と臨床実践を往復しながら、「患者の世界を理解するとはどういうことか」をじっくり考える貴重な時間となりました。
第11回「アートを地域医療に活かすには:まちづくり・SEA・臨床美術」
8月29日の第11回では、「アートを地域医療に活かすには」をテーマに、オンラインでワークショップを開催しました。講師は石田陽介先生、紙本美菜子先生、孫大輔が務めました。
石田先生からは、精神科病院での芸術療法から出発し、「病院だけでなく、まちそのものをセラピューティックな場所にできないか」と考えるようになった経緯と、さまざまな地域で実践されてきた「まちのアートセラピー」について紹介していただきました。
さらに鶴見俊輔の「限界芸術」の考え方を手がかりに、芸術は美術館や専門家の作品だけではなく、祭り、歌、手仕事、遊び、日常の表現など、私たちの暮らしの中にもすでに存在していることを学びました。参加者自身が自分の「推し」を語り、それを相手がじっくり聴くワークも実施。「好きなもの」について語ることを通して、その人の価値観や人生そのものが自然に浮かび上がってくることを体験しました。
後半には、孫からArts and Health、文化的処方、Socially Engaged Art(SEA)について、紙本先生から臨床美術について紹介しました。アートを医療者が患者や地域住民に一方的に「与える」のではなく、その人がすでに持っている「好きなもの」や表現、地域の文化に目を向け、一緒に場をつくっていくことの重要性について議論しました。
3回のワークショップでは、音楽、哲学、アートという異なる入り口から、「他者を聴くこと」「その人が生きている世界を理解すること」「ともに場をつくること」という、医療人文学と地域医療に共通するテーマが浮かび上がりました。
医療人文学は、医療とは一見離れた領域を学ぶものではありません。むしろ、医学だけでは捉えきれない人間の経験や関係性、生活世界について考え、日々の臨床や地域での実践をもう一度見つめ直すための営みでもあります。
鳥取の医療人文学フェローシップでは、今後もさまざまな領域の専門家や地域の方々とともに、「人を診るとは何か」「ケアとは何か」を探究していきます。(孫)




